水の結晶の実験の話から私達人間の活力の源を理解する


水に、バカ。死ね。

という声かけをして

氷らせたものを顕微鏡で見ると

水の結晶はぐちゃぐちゃで美しくない。

 

でも、水に、ありがとう。素晴らしいね。

という声かけをして

氷らせたものを顕微鏡で見ると

水の結晶はとても美しい。

 

人間の体はほとんどが水。

 

だからか、

ありがとう。素晴らしいね。

と声かけしてれば、

なんだか元気になる。

 

でも逆に、

バカ。死ね。たいしたことない。

と声かけていたら

なんだか力が出なくなってしまう。

 

でも、もっと不思議なのは

 

力が出なくなっても

それでも

お腹は空くし

眠くなるし

寝たきりになることもなく

意思と関係なく

体は動く。

 

それは一体なぜだろう?

 

体というのは、

こちらの世界に生まれてきたときの

神様からの贈り物で借り物。

 

全ての生物(植物・動物)には

無条件に平等に

生命を生かそうという

エネルギーが注がれている。

 

そちらの

神様の無条件の愛=生かすエネルギー

のほうが強いので

 

こちらの世界にいる生物達が

いくら死にたい、消えたい

と願ったり、思ったり

自分の体を傷つけたとしても

 

生かそう生かそうとする

無条件のエネルギー=神様の愛

のほうが強いので

何故か再生(=これが神様の愛)

してしまい

 

病気を治さないようにしたり

怪我の治癒をさせないようにする

ことのほうが難しく。

死ぬことも

消滅することもできない

というシステムが働く。

 

やっぱり私たち人間は

どんな人であっても

どんなに人に嫌われていても

神様にだけは

無条件に平等に愛されている存在なんだな。
というのが分かる。

(2019.7.17)